総社市
巨木探訪:総社市(7)
11月最終週、天気はまずまずで寒くはない。
本日は総社市の一部を片付けることにした。

国486を高梁川沿いに北上していると、川の向こうに「下原のイチョウ」が色づいているのが見える。
ちょっと寄ってみたい気もしたが、本日のルートには入っていないので割愛。
まずは総社大橋を渡り、川沿いの県278に右折。
1.5kmほど走ったところで、土手から下りて左手の秦地区に入って行く。

この地区には「秦のムクノキ」と「秦のイチョウ」の2本の巨木がある。
ムクノキの方は県指定文化財『秦廃寺跡』の近くにあるとのこと、イチョウの方は地番がわかっており、これまたその近くにある様子。

民間保養施設『ウェルサンピア岡山』の案内板を目印に左手に入り、山裾で右折。
細い道を進んで行くと、廃寺の手前でいきなりそれらしき巨木が目についた。
近くの空き地の片隅に車を停めて近づいてみると、樹下に石碑がある。
樹から離れた位置にある石碑には『河西三郎左衛門之秀住居跡』『摩利支天宮は河西家鎮守也』と彫られている。
一方、樹下にある石碑には『摩利支天の御神木を切ると孫子の代まで祟りがあるぞよ』というような恐ろしげなことが彫られている。
樹種はムクノキ。
主幹は2本に見えるが根元を見ると2幹ではなく、根は別のようである。
向かって右手の幹には一部空洞あり。
確認のため廃寺跡にも行ってみたがこちらには巨木は無く、近隣にも他に巨木は見当たらないので、おそらくこの樹が「秦のムクノキ」なのであろう。
名称としては「摩利支天のムクノキ」の方がふさわしいように思うのだが…。

ところで、このような仰々しいことが記されている河西三郎左衛門とは何者か?
ちょっと興味が湧いたので帰ってから調べてみると、備中松山城の争奪戦である「天正の備中兵乱(1575)」に加わった総社荒平城の城主であるとのこと。
ま、要するに地方豪族の一人であったということである。

               ムクノキ
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さて「秦のイチョウ」の方であるが、こちらは河原家の敷地内にあるらしい。
先ほどのムクノキとは直線距離で言えば100mほどの所である。
河原家の表に立ってみると家の裏手にそれらしき樹が見えるのだが、これは正面突破は無理。
ならば裏手から、と思って田んぼの中の道に入ってみると、イチョウは視界を遮る物の無い田んぼの向こうに立っている。
田んぼを横切って近づいてもいいのだが、あまりにも丸見えなので誰かに見られると怪しまれるかもしれない。
結局、畦道を少し迂回しながら近づいて、通りすがりに写真だけ撮ることにした。
樹高はさして高くなく、幹周も3m級であろうか。
わずかながら気根が見えたので、そこそこの樹齢なのかもしれない。

               イチョウ
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県278を北上し、国180に出る。
右折して少し東に戻り、豪渓へと続く県57に左折。
1kmほど先の左手が見延地区の本村集落であるが、この地区にあるのが「身延のヤマモミジ」。
資料には『横谷川右岸堤防沿い』と記述されているので川沿いに目を凝らしてみたが、それらしい樹は見当たらないのですぐに撤退。
帰宅してから考えるに、所在地の地番は堤防沿いよりも少し集落内の場所なので、もしかしたら資料の記述が大雑把なのだろうか?
要再調査である。

国180に戻り西進、水内橋を渡って県166に入る。
1kmほど進むと維新小学校の手前、道路左手沿いに以前探訪した「原のムクノキ」がある。
今回の目的地はそこから少し先の影地区にある「今井のムクノキ」であるが、地番からすると「原のムクノキ」から400m足らずの位置である。
県道から左手の細い道に入ると、すぐに今井家の裏手斜面に立っている巨木が目に入った。
根元の部分が空洞になっていて、その箇所の石垣は崩れてしまっている。
しかし左手に伸びた根の一部からも幹が出ており、斜面にしがみついている、といった形になっている。
幹周6.0m、樹齢500年のムクノキは今井家の鎮守ということであり、敷地の正面に回ってチラッと見ると、樹下には確かに小さな祠が鎮座していた。

          ムクノキ
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資料によると、影地区にはもう1本「金屋のムクノキ」という巨木があるらしい。
所在地の地番は不明であるが、所有者は稲荷神社となっている。
ところがこの稲荷神社、地図には記載されておらず、ネットで調べてもヒットする項目が全くない。
「原のムクノキ」も所有者は稲荷神社であるが、神社と言っても祠があるだけの神社で、こちらも地図には記載されていないので、おそらくそういった祠だけの神社ではあるまいか?
影地区はけっこう広いので、ノーヒントで探し当てるのは困難である。
ということで、こちらは所在不明のまま諦めることにした。

出発時間がちょっと遅めだったので、本日の探訪はここまで。
総社市にはまだ探訪地が残っているので、再来訪せねばならない。

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