鏡野町
巨木探訪:鏡野町(4)
ところで、民家の先では奥さんが立ち話をしていた。
いくら何でも声をかけずに通り過ぎるのは無礼である、と判断した私は(声をかけるのは非常に苦手であるが)説明板をしばし眺めた後、止む無く迷った人のふりをして道を確認することにした。
「すみません。柿に行くにはここを上がって行ったらいいんですか?」
奥さんは明るく答えてくれた。(当たり前である)
礼を言って山裾に続く道を登ると目の前に柿の木が。
素晴らしい…の一言に尽きる。

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樹を前にしてそれ以上何をどう表現したらいいのか?
いつも思うことであるが、樹は何も語らない。
しかし樹から受取るもの…それはおそらく受取る側の中にあるものなのであろうが、何かのスイッチを押すものである。
それがどのツボを押すのか、初心者の私にはまだ良くわからない。
自然を大切に、とか、エコロジーという表現だけで片付けられるものではない。
もっと根源的な…たとえて言うならば『生命の邂逅』というようなものである。
もしかしたら樹と私は出会う運命だったのかもしれない。
そこで何かが生まれるか、と問われれば、何も生まれないし変わらないのかもしれない。
一期一会で、もう訪ねることもないかもしれない。
しかし、確かにこの瞬間、異なる生命は邂逅したのだ。
樹は明日も明後日もここに立ち、私は私の道を往く。
ただそれだけのこと、なのだが…

感傷はそこまでにしておいて。
柿の木の右手は主幹から裂けているのだが、何とこの姿は88年とまったく同じである。
樹医によって防腐処置が施されているのだろうが、それにしても驚くべきことである。
目まぐるしい今の時代、この柿の木のように生きたいものである。

下り際に民家の奥さんに再度「ありがとうございました。」と声をかけ次に向かう。
柿の木からは目と鼻の先、既に右手前方の山裾に見えているのが「新免のイチョウ」である。
距離にすれば300mくらいか…北上して道路左手の大町公民館に車を停める。
公民館から道路を挟んで反対側の道を下り、川を渡ればイチョウは目前である。
4本のイチョウが並んでいるのだが、樹勢も良くまだ若そうである。
幹周は思いのほか太くない。
なお『新免』というのはイチョウの所有者が『新免さん』だからである。

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ネクスト。
さらに北上すること1.2km、宗重のバス停を過ぎて少し行った道路沿いの左手、民家の横に「宗重のカツラ」がある。
細い道に車を停めると迷惑になるので、100mほど先にある大町発電所に駐車。
このカツラの主幹は津山城の天守閣の心柱に使われたそうであり、残った切り株が芽吹いて今の姿になったとか。
元は相当の巨木であったのであろう。
ちなみに先述の香々美宿場町跡の中島氏の構は、この心柱を作った残りの材で建てられていたそうである。

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